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定義

Wikipediaで書かれていることが本当に正しい?
Chinese popsをもう一度定義してみよう。


C-pop(中華流行歌曲)

C-pop(シー・ポップ)とは、J-popとの対比概念として1995年頃に作られた言葉。
後述のとおり、日本で生まれた概念である。
中華圏の大衆娯楽音楽(ポピュラー音楽)の内、総じて比較的若い世代に好まれる楽曲を総称したジャンル名。

歴史と定義

 日本におけるC-popは「Chinese pops」の省略形であり、1990年代中盤に発生した「J-pop」の派生語として使われ始めた。
 ちなみに、「C-pop University 中華流行歌曲大学」創設当時(1996年12月)の調査において、「C-pop」を冠しているwebは全世界的に皆無であったため、インターネット上では当webが初出である。(インターネット以外では、藤田幸恵氏(ラジオDJ)の出演番組FM802「Weekend Manual」コーナー内で「C-pop」を用いているものが最初であると思われる。)
 なお、当時は香港ポップス全盛期であったため、「C-pop」が「Chinese pops」の省略形か「Cantonese pops」の省略形か不明確であるとの批判があったほか、台湾語や大陸内地の少数民族言語を含むのかを巡って議論があり、「C-pop」が一般的に浸透し始めたのは香港ブームが沈静化し、Chinese popsの主軸が台北に移りつつある2000年頃であると思われる。

 そのような歴史的背景にありながら、「C-pop University 中華流行歌曲大学」が当初から掲げてきた定義は、三岸両地のみならず、(東南アジアや欧米・日本をも包括する)華人・華僑社会で歌われる「(Global) Chinese pops」の省略形であるとの見解であった。これは2000年代に入ってからの中華圏経済のグローバル化や、マレーシアやシンガポール出身の華人社会からの歌手の登場、王力宏をはじめとするABC(Chinsese Born in America)の歌手が幅広く活動することによって、広く認められるところとなっている。

 「C-pop University 中華流行歌曲大学」の標題が(wikipedia中国語版等で採用されている「中文流行歌曲」ではなく)「中華流行歌曲」になっているのは、当時の中華圏においてC-popに該当するような概念そのものがなかったため、管理者及びNIFTY-SERVE音楽フォーラム有志で作られた造語であり、全世界的に先駆けた先見性のある概念であることの名残ともいえる。

関連項目:「C-pop University 中華流行歌曲大学」

 日本の最古参Chinese pops関連webのひとつ。
 ロゴでは「since 1997」となっているが、実際には1996年12月に創設されている。これは、管理者の小西雄一が大陸の女性シンガーソングライター・艾敬のファンであり、彼女の代表曲である「我的1997」にちなんで1997年にこだわったためとされている。後に、管理者の小西雄一は、本業の傍ら、専門誌への寄稿や関西のラジオDJとして出演し、webと連動してChinese popsのファン層維持・拡大に関わっている。
 現在、「C-pop University 中華流行歌曲大学」は、メーリングリスト「C-pop ML」ソーシャルネットワーク「C-pop SNS」(いずれも運営終了)を経て、mixi・Facebook・twitter等のSNSコミュニティやメールマガジン「C-pop Newsletter」を包括する、日本のChinese popsファン総合組織として機能している。

※「C-pop」を騙る後発コンテンツが存在するが、これらは「C-pop Univ.」とは一切無関係である。
(2012年4月18日改訂)
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